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大津の史跡

 投稿者:吉田  投稿日:2010年 7月21日(水)18時37分44秒
  滋賀県大津市には、膳所城事件で捕縛され慶応元年十月二十一日に切腹・処刑された尊攘派家臣、膳所藩十一烈士の史跡があります。
記念碑が本多神社(大津市御殿浜二十)に、岡山墓地(膳所駅裏)に位が低く斬首された七人の墓が、安昌寺(大津市膳所一丁目九)に家格が高く切腹された四人の墓があります。
 
 

見てみましたが、、、

 投稿者:みながわメール  投稿日:2008年12月13日(土)12時40分28秒
   『写真で見る維新の京都』、『明治維新人名事典』を確認いたしましたが、似ているような文章でしたが、全てを引用しているわけではなく、実際のところよくわかりませんでした。
 生誕地についてていえば、『明治維新人名事典』に記載されている平之馬場は誤りで、横山詠太郎『中井櫻洲』などに載っている高見馬場が正しかったりと、誤りの部分を貴ホームページは引用しているようです。

 それから、「宇和島藩主伊達宗城に招かれて、同藩の周旋方として京都で活躍した。当時彼は中井弘三(弘蔵)と改名して、木屋町通り六角下ル山崎町に住み、諸藩の志士たちと交わった」このように書いてありますが、中井弘蔵を名乗ったのは、慶応4年です。宇和島藩の周旋役をしている時期には、此の名前を名乗っていないという矛盾も生じています。
 両方の本を確認して、ますますわからなくなってしまいました。

 晩年の中井の邸宅については、横山詠太郎『中井櫻洲』で確認できましたので解決しましたが、木屋町通り六角下ル山崎町に住んでいたことを証明する手紙や日記などは確認できておりません。何時頃の寓居であるのか知りたいと思っております。

 何か思い出されることがありましたら、再度、ご教示いただげましたら幸いです。
 

(無題)

 投稿者:みながわメール  投稿日:2008年11月30日(日)06時34分5秒
  颯馬 さま

 ご教示いただき、ありがとうございます。
 「写真で見る維新の京都」は、持っていたと思いますのて、確認してみます。

 ありがとうございました。
 

みながわさま

 投稿者:颯馬メール  投稿日:2008年11月29日(土)21時16分26秒
  色々とお世話になっております。

管理人さんは、きっと、明日のイベントの事や色々な諸問題に忙殺されて、今余裕がないと思われます。(笑)

私は、今、自主謹慎中なので(笑)、暇なので私の憶測をもうします。
まず、管理人さんは「写真で見る維新の京都」新人物往来社を見たのではないでしょうか。
それから、明治維新人名辞典あたりに行ったと私は推理します。

まあ、本人に聞いたわけではないので、落ち着けばコメントがあると思います。
 

中井弘の晩年の寓居跡

 投稿者:みながわメール  投稿日:2008年11月28日(金)19時27分39秒
   いつもお世話になっております。
 お尋ねしたいことがありまして、お邪魔させていただきます。

 http://bakusiken.cool.ne.jp/siseki/kyoto/takasegawa-kiyamachi.html
 こちらに、「中井弘蔵寓居跡」についての説明が記載されていますが、この記述の出典を教えていただけないでしょうか。
 文面のうち、幕末当時の寓居跡に関する出典、それから、晩年の庚申橋(荒神橋)付近の邸宅についての出典をご教示いただけましたら幸いです。
 よろしくお願い申し上げます。
 

2007年はあちこち行きました

 投稿者:管理人メール  投稿日:2008年 1月10日(木)11時31分45秒
  2007年も1月から12月まで、たくさんまわりました。
2008年も昨年以上に史跡調査するぞ!!

12月 23日 岐阜史跡調査
12月6-8日 鹿児島史跡調査
11月 18日 京都史跡調査
10月  7日 和歌山・大阪史跡調査
 7月 29日 三重・愛知史跡調査
 7月 28日 大阪史跡調査
 6月3-5日 箱根・飯能・栃木史蹟調査
 5月 27日 姫路史蹟調査
 5月3-5日 高知史蹟調査
 4月 15日 岡山史蹟調査
 4月  7日 講演会「天誅組と坂本龍馬」 奈良県五條市にて
 3月 25日 神戸史蹟調査
 3月6-7日 高知史蹟調査
 2月  7日 京都史蹟調査
 1月 28日 淡路島史蹟調査
 1月 10日 京都史蹟調査
 

2月の調査

 投稿者:管理人メール  投稿日:2007年 2月 6日(火)10時31分27秒
  先月の淡路島の史蹟調査は、有意義な一日でしたね。
久々の史蹟調査らしい一日で大満足でした。

さあ、2月ですが、いつどこへ行きましょうか?
 

2007年開幕

 投稿者:管理人メール  投稿日:2007年 1月 1日(月)11時38分28秒
  新年あけましておめでとうございます。
今年こそは徐々にですが、ページの更新をしていきたいと思います。
まずは京都から・・・ いや北海道も良いな・・・ でも天誅組が・・・ 生野義挙も・・・ 会津は・・・ 長岡も・・・  土佐・・・などなど考えればきりがありませんが、少しずつ努力していきます。
 

ありがとうございます

 投稿者:管理人メール  投稿日:2006年10月11日(水)12時14分10秒
  和田佐市さんのゆかりの方さま
訪問ありがとうございます。
現在色々忙しく、HPの更新が出来ていませんが、12月頃からぼちぼちはじめていきます。
私達の作った冊子もありますのでよかったらお送りします。
是非お会いして、和田佐市さんのことを聞きたいと思います。貴会がありましたら是非にも。
史跡の地図も作成予定です。また12月頃HPにお越し下さい。

天誅組専門のページもどんどんグレードアップしていきますので。
 

和田佐市

 投稿者:ゆかりの者  投稿日:2006年10月 8日(日)20時46分39秒
  天誅組を検索して、ここにたどり着きました。
私より四代前の先祖が、和田佐市と従兄弟に当ります。
子どもの頃、良く亡き祖父に天誅組と和田佐市の話を聞かされました。
あと、「十津川者を信用するな!」って良く言ってました。
読ませて頂いて、祖父の「十津川者を信用するな!」の意味が解りました。

佐市没後、四代前の先祖が、遺骸を大八車にて引取りに行った事。
佐市の奥さんが、甲田に居られなくなって、うちを頼って来て、
現在お位牌は、私どもの母屋に祭っている事。
墓は廿山に和田家の墓地が有り、そこに葬られていると聞いてます。

贅沢なお願いですが、地図を合わせてUPして頂ければと・・・・
時間を見つけて、天誅組を辿ってみたいので。
 

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