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(無題)

 投稿者:林浩司♂  投稿日:2010年11月 7日(日)18時21分52秒
  赤字で書かれるの言うのは縁起が悪いのでは ?
されど、小学校の頃なんか女子の名前が赤字で書かれていた。
 
 

(無題)

 投稿者:イワナガメール  投稿日:2010年 6月14日(月)05時52分1秒
  追加です
昭和18年6月江頭鶴太郎71歳
昭和18年9月江頭芳一50歳代
昭和22年くらい江頭晴栄25歳
円通寺の江頭鶴太郎の姉春のためにお墓を作り赤字で
3人の名がそれぞれの年月日に彫られているので
かなりの思い入れがあるようなのですが。
 

伊万里陶器商江頭について

 投稿者:イワナガ  投稿日:2010年 6月13日(日)07時27分12秒
  はじめまして、北九州のイワナガと申します。
先祖にあたる元伊万里の陶器商江頭家を探しています。
お墓は伊万里の円通寺にあるのですが、今は檀家ではないそうです。
明治の初期までの人物で江頭鶴太郎という人物が、山内町筒江窯跡や小田志の祇園社などの鳥居に名が刻まれているのです。

円通寺には子孫の方が年に一度お墓をお世話になってますとお出でになるそうです。
女系になって姓も変わって、南禅寺派の臨済宗とも関係のないお家になっているかもしれませんが、ネットで長泉寺様を見つけたので問い合わせさせていただきました。
長泉寺様の檀家さんの中にそのようなお話をされている方がいらっしゃらないでしょうか。
 

今 このときだけを考えて

 投稿者:住職  投稿日:2010年 6月 9日(水)00時03分22秒
   奥さんを数年前に亡くして
唯一の話し相手で、心の交流ができるのが猫の「チビ」17歳

 それがきのう亡くなって
 佐世保から自分で車を運転して、よく来られました。

 後で同乗者のMさんから聞きましたが、赤信号で止まれないぐらい動揺しておられたとのこと。

 私は読経し、回向して、人の葬儀の時と同じように、腹の底から「喝」

 そして、写真の 機械室で約一時間 心を込めて 荼毘(だび 火葬)したのです。

 禅 では 生と死は別々でなく一体であるといいます。

 「生より死に移ると心得るは、これあやまりなり」道元

 「眼に見えるものは見えないもののあらわれである」
 とは
 「生は死のあらわれである」となります。生きている人が寝返りをうったようなもの。

 このことについて、生きている内に あるがままを受け入れること。

 美しい花も時がたてば枯れます。
 枯れた花がみすぼらしいと思うなら、「美しかった」という過去にとらわれているからです。
 「今 このときだけを考えて生きる」

 数日前の供養のときに、私が66歳と言いましたら、隣の席の奥さん曰く。

「若いですね。70歳過ぎたら、60代より倍 早く年をとりますよ」
  そうなのかな、50代も60代もあっという間に過ぎるのに、70代はもっとスピードがでるのかと思いましたよ。

 今日はMさんから、写真の「センノウ」「天目地黄」などいただきました。

 そして、「チビ」を荼毘にされた方からも電話をいただきました。

 読経して供養してあげて、帰りは落ち着いて運転して帰られたようです。
 いっときは「チビ」と一緒に暮らして、それから納骨されるようです。


 今月中に「住職日記」とホームページを少し手直しします。
 今日から 「月の花」のところに 日記を書くつもりでしたが、見事に失敗しました。
 

食うものは食われる

 投稿者:住職  投稿日:2010年 6月 8日(火)00時22分59秒
   今日は作業前に、寺の裏山に入って 真竹(まだけ)のタケノコをさがした。

 以前よりは少なかった。山に登って、探し出して背負って帰ることも大変だった。
私の好物なのである。

 このタケノコもイノシシが食べるのか、以前よりも少なくなった。山はイノシシが歩いた跡がいっぱい残っていた。

 しかし、食うものは食われる、という動物世界には当たり前の根本的な関係がある。

 人間という動物だけが、食うか食われるかの環から脱出して、もっぱら食う側に廻っていて貴族のように振る舞うようになって、

 人間だけは鳥獣虫魚をとって食べることができる。
 しかし、動物はけっしてけっして人間を捕えて食ってはいけない、一方的なルールがある。

 このことについて、心を終生苦しめて、まあ、人生上のジレンマ、
人間嫌いになっていった人を知っておられますか?

 「注文の多い料理店」とか「よだかの星」などをならべたら、
 ああ知っているよ「宮沢賢治」だろう になると思います。

 昭和6年に書いた詩「雨二モマケズ」37歳で亡くなる2年前に買いた詩、

 ぜいたくなものは食べずに、素朴な食事でいいといっている。
 自分よりも他人を大切に考えて生活したいとつぶやいている。

 西に走り 東に足を運んで手助けしたいと思い続けた賢治

 人間がもっているいろいろな可能性にいつも目を光らせていた。
 しかし、ひとりの人間の力で、はたしてそんなものができるものなのかどうか、賢治は
 そういう疑問と不安が、頭の中で渦巻いていた。

 35歳ですごいと思う。

 午後からは、写真の所で、脚立の上から梅ノ木の剪定作業をはじめた。梅の実が少なかったので、今年は剪定もひかえめにして、ハサミで一本ずつ切っている。
 

家族の絆(きずな)

 投稿者:住職  投稿日:2010年 6月 6日(日)23時56分30秒
   日曜日は朝の読経についていただく方が多くなりました。
親子あり、夫婦ありです。勤めていたり、あるいは農家の方や庭師をなさっている方は
日曜日ぐらいは朝はゆっくり眠っていたい日に、出かけてきていただくことは住職としては
感謝あるのみです。

 それに朝の読経は、30分間は正座して、「観音経 かんのんぎょう」という長いお経も読みますから、普通の方は、まずためらわれるところを出かけてきていただきます。

 自己という個人の中に何かが生まれてきておられます。
 そして、
 「お寺は、一年中休みがないんですか?」という言葉が出てきても、続けていただく。
 わたしは、自己の中に、本当は私ではわからないのですが、「不動心」という
 どっしりしたものを、職場では発揮されているのではと想像します。

 こう住職が書くことにより、他の方に伝播していけばよいがと願っているのですが。
読んでいただく方々、朝の6時30分参加してみてください。

 せっかくこの世に生を受けたのですから、観音さまに手を合わせ、観世音菩薩の救いを受けてください。これをやってみてこそ、菩薩の救いが得られ、観音様の妙なる音が聞こえ、仏像は私は何観音様がいいなになってきます。

 今日は御婦人の3年忌の供養にでかけました。

 この頃 何軒かの夫を亡くされた方の自宅に出かけていますが、私はお経の時にご主人の位牌と写真に向かって、心の交流をされるようになってこられたように感じています。
 私が行かない日も、取り乱したり、大騒ぎをされていません。

 亡くなった夫と、仏壇に向かって読経し、毎日話しかけておられる事を、よく聞くようになりました。

 今日の3年忌の供養では、先祖供養は遅れた宗教段階ではなくて、家族の絆(きずな)が希薄化していて、家族をつなぎとめる「家の役割」がますます崩壊している今、
 これからの人たちにとって、最も重要な意味のある信仰です との法話をいたしました。

 子殺し 親殺しの事件が多い今、われわれは今こそ、ご先祖との心の交流を通して、
私たちの生活をみなおすときがきています、と話しました。

 ここの家庭は、家族、兄妹や親族がしっかりしていて、私にとってうらやましいが、話すことによって、今 一番大切なことを普段どおりにやっているという自信になられたと思っています。

 写真でわかられるように、料理を前にしての読経ではなく、法要後の 料理もおいしくいただいてきました。

 寺に帰ったら、家内が「料理のおみやげはないの?」と冗談いうことしきり。

 寺の庭の 白のアマリリスが咲いていました。

 今日は 珍しく 猫ちゃんのペット霊園での荼毘でした。
 猫は 亡くなる時に姿を隠すことが多く、少ないのです。
 猫は大胆に生きているようで、人の心をいやしてくれる天才です。

 夏目漱石の猫の死 大胆です。知っておられますか?
 

咲く花は必ず散る

 投稿者:住職  投稿日:2010年 6月 5日(土)23時41分16秒
   ペット供養塔「和顔 わがん」には、毎日のようにどなたかがお参りされていて、いつも
みずみずしい花に変わっています。
 ペットの供養塔の花を変えて、手を合わせ、みなさんのこころが穏やかになる、いいと思っています。

 県道の側に建てましたし、車を止めてすぐお参りできる場所で、「和顔 わがん」という名前や塔のデザインにも気にいっていただいて、よかったなと思っています。

 最初に石材屋さんが「ほんとに建てるつもりですか?建てていいんですか?」と念を押されたのを思い出します。(ほんとは採算がとれるとは思っていません。いいんです)

 永代供養の観音様「安身観音様」もそうです。(採算が私の代ではとれるなんて思っていません。永代供養納骨堂もです。)

 しかし、どちらの観音様も 表情は穏やかで、お願いして、心を込めて彫っていただいたものなんです。

 一斉に麦刈りが始まりました。農家の方に聞きましたら、今年は実りがよくないらしいです。(托鉢は麦田の農道をずっと歩いていますので、素人の私にもわかります。穂が倒れるように実っていなくて、穂が空を向いていますもの)


 「一寸先は闇」
 「明日ありと思う心の徒桜(あだざくら)夜半(よわ)に嵐の吹かぬものかわ」
 「いろは匂えど散りぬるを 我が世たれぞ常ならむ 有為の奥山今日越えて 浅き夢みじ  酔ひもせず」

 「一瞬のうちに無常の風に吹き飛ばされてしまう」

 「行く川の流れは絶えずして、然(しか)も本の水にあらず、よどみに浮かぶうたかた    は、かつ消えかつむすびて、久しくとどまる事なし。世の中にある人と住家と、又かく  のごとし」 方丈記

  酔生夢死を避け、有為の奥山を越える道を見出さなくてはいけません。

 しかし、死の腕は まさに誕生の瞬間に 命の首に巻きついています。

 この 現世の この宿命を覚悟すればこそ 今を精一杯に生きなくてはいけません。

 すぐ 老い 健康は病に 生は死に 一切は無常の風に揺り動かされて
 いつ どう変わるかわからない状況にあって、

 この世に 確実 といえるものは 何もなく、いつも 明日があると思ってはいけません。

 花ショウブの栽培をはじめて10数年になりますが、やっと、ショウブ園の花と同じぐらいの花が、今年は咲きました。
 

煩悩多き人生の流れ

 投稿者:住職  投稿日:2010年 6月 4日(金)22時44分50秒
   佐賀県庁を通り、佐賀城前の法務局での「佐賀人権便り」編集委員会に参加しました。
今年で編集委員になって5年目になりました。

 佐賀県の「人権便り」は今年で5号で、初刊からずっと続けての編集委員は私ひとりだけになりました。

 県の各地から8名が編集委員になるのですが、今年は新しい方が多くなって、
寂しい思いをしました。
 といいますのは

 あの方も変わられたのか、もう会えないのか?あの方の話し方は、時々 自分の個性とか
家庭の様子を、編集をしながら語っておられたのにと
 男女を越えて、感傷を感じて、私はいっときしんみりしていました。


 寺に帰り着いてから、少し作業して

 四七日(よなのか)の読経に、夕方7時から出かけて、今夕食を終えました。

 主人を亡くされたご夫人は読経中 ずっと合掌しておられます。
私の横に坐っておられるので、感情まで私に伝わってきました。

 また、亡くなった方の兄も今夜は見えていて、20歳も年上で今90歳で、奥さん入院中
ひとりで、食事も作っておられるらしいが、時々 料理をこがしたり、
 隣の家の方が、こげくさいにおいで、声をかけられ、火事にならずに済みましたと。

 「和尚さん 長生きするともきつかとですよー」

 毎日 毎日 煩悩の塊であった私が、今日の一日の出来事で

 「濁れる水の ながれつつ澄む」 種田 山頭火(たねださんとうか)
 の句を思い出しました。

 濁れる水とは、煩悩多き人生の流れを指します。

 流れつつ澄むとは、放浪の旅路を経る中で、心が清められて 忘れ去っていく、これは
山頭火その人のことでありましょう。

 日々 澄んで 煩悩を忘れ去っていかなければ、山頭火の句の境地です。

 濁れる水が、日々の仕事や 人々との出会いで、流れつつ澄んでいきたい と。

 終わりの写真のアジサイは純白で、アジサイの白は珍しい。私の心を察したかのように、ある女性の方が
寺の私に持ってきていただきました。
 

犬や猫やハムスターにも みんな仏様の生命をもっている

 投稿者:住職  投稿日:2010年 6月 3日(木)16時23分46秒
   ハムスターのロゴ君が死んじゃった。

 若い夫婦がかわいい箱にロゴ君を入れて、折鶴を回りにいっぱい並べて、ペット火葬に
見えた。

 犬も猫も、小さなハムスターもみんな仏様になる生命をもっている、ちゃんと自分の勤めをして生きている。

 私はお経を称えて、注意して、ほんとに細かい心配りをして荼毘(だび 火葬)にする。

 消滅されたらいけないしね、黒くなっても駄目、ちゃんと形を残してあげたい。

 しかし、火葬炉の炎は強い。

 ロゴ君が炎で吹き飛ばされないように、窓を少おし開けて、炎と温度計をみている。

 吹き飛ばされそうになったら、消化のスイッチ、また点火を繰り返しましたよ。

 そして ロゴ君 ちゃんと残りました。

 奥さん 涙を浮かべ、ご主人も感謝して、壺に収めて 大事に持って帰っていただきました。

 今日は 13年前に土に埋葬した犬の コロ君の供養に出かけました。

 若い 若いご夫婦とおかあさん、お経後掘って、お骨が出てきたら、ペット供養 のお墓
「和顔 わがん」に納骨してください とのこと。

 真夏の太陽が照りつける 午後のことでした。
 

迷い 悩んだ時 どう生きるか

 投稿者:住職  投稿日:2010年 6月 2日(水)19時40分19秒
   六月に入って、太陽の光が増した。雨もなかなか降らなかった。

 もう帽子が必要なのに、まだ頭にタオルを巻いただけで作業を続けていたら、午後は
フラフラして倒れそうになった。

 それでも作業を続けていたら、5時から大粒の雨が降り出した。

 降りだす少し前に、また今日も降らないだろうと思って花ショウブの写真を撮った。
この後 降りだすわけだが、水か流れるようには降り続かなかった。

 雨の中に立っていた。そうしたら、少しフラフラするのがよくなった。

 ここから 文体を敬体に変えさせてもらいます。

 なぜかと言いますと、奥様と母親の葬儀と、その後お寺にお参りされたお二人から電話を
今 いただいたからです。

 私は僧でありながら、葬儀の後に涙を流したり、その後の七日で読経中に涙が流れて
止まらなかったことがあります。

 「しっかりせろ」と自分に言いながら、写真を見て経を読み出したら涙が流れて、涙声で読経したこともあります。

 人生の各瞬間に どっしりと落ち着いて、空に投げられた石が大地にもどってきたようにどっしりと落ち着いて、歩みを進める これが 本来の姿でしょう。

 しかし、無常の風に見舞われるや、私はたちまち吹き飛ばされてしまいます。

 「くもりなき一つの月をもちながら、
  浮世の雲に迷いぬるかな」  一休禅師

 しかし、一生のうちに一度も「浮世の雲」に迷わずに、悪魔とも近づきにならなかったといいきれる人間は、この世にいないのではと思うのです。

 釈迦でさえも 迷いに迷い、悪魔とも命がけの格闘をした末に、「一つの月」を
みきわめて、ついに、私が説く真理を師として生きる努力をしなさいと言っておられると
思います。


 一代で天下を手中におさめた 豊臣秀吉も、死ぬときの歌

 「露とおち露と消えつる我が身かな
   難波のことは夢のまた夢」

 すみません、今から、御詠歌の練習日でした。フラフラは少しとれています。
 

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